ジョン・F・ケネディーを暗殺したのは副大統領か?



2013年7月15日

ケネディ大統領暗殺事件(ケネディだいとうりょうあんさつじけん、John F. Kennedy assassination)は、第35代アメリカ合衆国大統領ジョン・F・ケネディが1963年11月22日金曜日、現地時間(CST) 12:30 (UTC 18:30) にテキサス州ダラスで暗殺された事件である。

エドワード・クラーク

写真はケネディー大統領が暗殺された直後、大統領専用機で副大統領から、大統領になるジョンソンの姿をとらえた物である。写真をよく見ると左端の人物がウィンクをジョンソンにしているように見える。
この人物は誰だろうか?
実はこの人物は34年間にわたりジョンソンの顧問弁護士をつとめたエドワード・クラークという弁護士である。彼はジョンソンから大統領就任中に400万ドル受け取っている。
ことの発端は、このクラークが経営する、法律事務所にバー・マックレランが勤務し始めた時から始まる。彼は、ほどなくして同僚からクラークがジョンソンの依頼でJFKの殺害を計画立案したと聞くのである。

◇クラークが経営する法律事務所の職員バー・マックレランは、JFK暗殺はクラークが計画したと同僚に打ち明けた。
◇クラークはジョンソンが大統領になると年間400万ドル受け取っている。
◇ジョンソンは副大統領時代クラークにシークレットサービスの大統領護衛を分析させている。このためクラークは大統領護衛のマニュアルを熟知していた。
◇クラークは、ジャックルビー(JFKを狙撃したオズワルドを殺害した人物)の弁護士に口止め工作をしていた。

教科書ビルの未照合の指紋

実はケネディーが狙撃されたとされる、教科書ビルの指紋には28の未照合の(誰の指紋かわかっていない)物があった。その内一つに1990年代ぴたりとマッチする人物が浮上した。
その人物とはマックウォレスである。

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*左がマックウォレスの指紋、右が教科書ビルの指紋

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マックウォレスは、1952年にJohn Douglas Kinserというゴルフプロを殺害した罪で有罪判決を受けている。このゴルフプロはジョンソンの妹の恋人であった。
たった5年間の執行猶予の判決を受け、彼は、1953年から1968年まで、Ling-Temco-Vought で働いている。Ling-Temco-Vought は軍需産業大手で、リンドンジョンソンは1962年にこの企業を視察している。

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さらに、1961年6月3日テキサス州で、資金流用の捜査をしていたマーシャル捜査官の殺害をジョンソンがマックウォレスに依頼したとの証言をBillie Sol Estesが1984年に行った。このBillie Sol Estesという人物はジョンソンと親しい関係に会った実業家である。裁判所は証言を信憑性のある物と判断したが、ジョンソンもマックウォレスも既に存命ではなかった。

◇マックウォレスはジョンソンの妹の恋人を殺害している
◇マックウォレスにジョンソンが捜査官マーシャルの殺人の依頼をしたという証言がジョンソンのビジネスパートナーBillie Sol Estesから出ていて法廷で証拠として採用されている。
◇マックウォレスはケネディーが狙撃されたとされる教科書ビルにいた

これらの情報は状況証拠にすぎないが、リンドンジョンソンがJFKが暗殺したという説が2000年代から脚光を浴びるようになっている。

*Barr McClellan(エドワードクラークの法律事務所元職員)著作
 Blood, Money & Powerに基づく

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未解決指数

Summary: ケネディー暗殺から半世紀以上立つが、未だに多数の人々の関心の的になっている事件である。2039年にアメリカ政府が暗殺事件の資料を全て公開することになっている。2039年に公開するとしたのは他ならぬ副大統領のジョンソンである。

3.3

ポイント
信憑性
未解決期間
未解決度
謎が解けたときの影響
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